そりゃ~、変わるよ!50年ぶりだもの! [日記]
中学3年の夏休みが終わった後に引っ越してきて、3年半を過ごした街と
高校生活を満喫させてくれた同窓生に会いに行って来ました。
土曜日の荒れた天気の中を飛行機で飛んで・・・行った先は「北九州」
母校の同窓会に出席!
予定時間の少し前に会場へ!
席は決まってないと言うことで、何処に座ろうか?と
見知った顔を探していると・・・「おぉ~っ!」とどよめきが!
「あきらやないか?」
「久しぶりやの~?」
「こっち来んか?」
次々に懐かしい言葉が飛んできます。
関東からはただ一人の参加者ということで、下へも置かぬ歓待(?)でした。
司会者からは「乾杯の音頭を、はるばる神奈川県から参加の」と乾杯の音頭をとらされて。
折角のご指名・・・有り難く?受けて冗談半分にみんなを笑わせて「かんぱ~~い!」
頭が禿げた程度で全く変わってない者、暫く見ていると「おぉ!」と思い出すもの。
様々でしたが、女性は誰一人として思い出せません。
胸につけた名札には高校時代の旧姓も書いてあるのに・・・です。
お酒を注ぎに来て「あんたのことを好きやったんよ!」
そういわれても、思い出せない悲しさよ(笑)
一体オレは高校時代に何をしてたんだろう?
考えてみると、部活に精を出したり、男友達と話したり遊んだり喧嘩したりが楽しくて、、
女の子と話をした記憶は全くありません。
「俺達は九州男児やけ、女ごときには現(うつつ)は抜かさん!」
そんな気風の中にあった気がします。
「女と喋るほど軟弱じゃない」と殊更女子を無視し続けた記憶が蘇って来ます。
当時はそんな「虚勢の固まり?」だったのかも知れません。
2次会、3次会と歓楽街を飲み歩き、完全に酔ってホテルへ・・・
翌日の朝・・・お世話になった友人にお礼の電話を。
「何時の飛行機やったかね~?」
「午後3時過ぎだけど」
「そうやったか?今何処におるんね?」
「変わった市内を案内しちゃるけ~!それと何人か誘うて門司港の方まで連れて行ってやるけ、そこで待っちょれ!」
市内一の川沿いには、その昔いかがわしいことをさせる掘っ建て小屋が並んでいて、遣り手ババアと呼ばれるオバチャンが通行人を呼び込んでいた・・・そんな界隈には、今や堂々とショッピングセンターが建ち、お城の前は公園だったはずなのに、そこには大型の商業ビルが建ち並び、公園は移動して昔よりもっともっと素敵に大きくなっていました。
やっぱり50年という月日・・・一口に50年と言うけれど「そりゃ~、変わるよな~?」
同級生が変わったと同じで、街もどこかに面影を残しながら変わっていました!
「そう言えば、ここには路面電車が通っちょらんかったか?」
いつの間にか、北九州弁も飛び出していました。
門司港では今評判だという「焼きカレー」を奢ってくれ、それぞれが思い思いに
幾つものお土産を買って手渡してくれながら「今度はいつ来るんか?」
それに答えて、「そうやの?!いつになるやろかの~?」
卒業以来半世紀!
同窓会の幹事からは、既に物故者が約1割に達する状況という報告もあった我々の年齢。
高校時代特に親しかった友人の顔が見えないので、聞いたみたら・・・「体調を壊しているらしい!」
友人の呼びかけに応じてくれた面々は、遠く離れた空港まで送ってくれて・・・
別れ際に堅く握って離さない握手は、「どうも有難う!」とのお礼半分?!
そして「元気でな?!」という祈り半分で!
「どうぞ!どうぞ!又逢う日までお元気で!」
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